辛かった私の人生(T_T)④『誰にも言えなかったホンネ』

『辛かった私の人生(T_T)③』よりもずっと
過去の話になりますが(笑)

私が小学生だったときのお話。
 

それはとある夏休みの一日。

そのとき、私は父が持っていた糸ノコで、
薄いベニヤ板を白鳥の形に切っていました。

そこにコルクシートを貼って、
コルクボードを作ろうとしていたのです。

夏休みの自由研究ですね。
 

子供なので、
全く一人でそれを作り上げるのは難しく、

普段ほとんど手伝ってくれることのない
父に、
珍しく手伝ってもらっていました。
 

でも・・・
 

父は、私以上に、そのコルクボードを
作るのに
夢中になってしまったのです。
 

本当は、できる限り自分で作りたかった。

でも、父が、勝手にどんどん、どんどん
進めてしまう。
 

どうしていいか、分かりませんでした。
 

白鳥の形は、
自分で書いたのですが、

どれくらい自分で切ったのか、
全く覚えていません。
 

父は、切り取ったベニヤのふちに
ヤスリをかけたのですが、

それがまた、きれいすぎて、

どこからどう見ても子供が作ったとは
思えない仕上がりに・・・。
 

普段ほとんど何も話さない父。

最初は一緒にやってくれて
私も嬉しかったかもしれません。
 

でも、途中からは、

(ほんとは自分でやりたいのに
 なんでそんなどんどん
 やっちゃうの・・・?)

(そんなにキレイにしちゃったら、
 私が作ったんじゃないって
 バレちゃうよ・・・!)

と、気が気でなくなり、本当に
悲しい気持ちになってしまいました。
 

最終的に出来上がったものは確かに
とても『上出来』でした。

そりゃそうだ。大人が作ったんだから。

母も、何も気にせずに

『良くできたじゃないの、良かったね。』

という感じだったかと思います。
 

でも、本当に悲しかった。
 

だって、だれも、

私が本当はどう感じているか、
どうしたいのか、
聞いてくれなかったのです。
 

普段何も気にかけてくれない父が、
本当に珍しく私のために時間を
割いてくれた。

それだけでも、ありがたいって
思わなくちゃいけない・・・

そう、思いました。

だから、本当は自分でやりたかったなんて
その時の私には、とてもじゃないけど
言えなかった。
 

父との思い出は本当に少ないんですが、
その中で一番覚えているものが、コレです(笑)
 

今考えると、父なら、ちゃんと言えば
分かってくれただろうなって思います。

元々優しい人だったのです。

でも、自分の気持ちを言う、ということが
ずっと許されない環境だったので、

そのときも、ただ茫然として、
どうしよう、どうしよう、、、と
思いながら

自分の気持ちを押し殺していることしか
できなかった。
 

9 of Crystals Narrowness 狭さ 全く自由を感じられなかった子供時代・・・

はっきりとした虐待や、ものすごく酷い
あしらいを受けた、というわけではない。

でも、私はしっかりと
傷を負っていました。
 

夏休み明け、学校に作品を持っていくのが
本当に怖かったことを覚えています。
 

自分の家庭はありふれた、
普通の家庭だった。

そう思っているたくさんの方々も、

もしかしたら、そういった我慢を
してきているかもしれません。

それは、やはり、癒すべき傷です。
 

悲しかったものは、悲しかった。

寂しかったものは、寂しかったのです。
 

いまからでも遅くはありません。

傷がある、と気付いたら、
きちんと、癒してあげてください。
 

そのときの自分の気持ちをちゃんと
分かってあげる。

そして、そのときの悲しみをしっかり
感じてあげる。

本当に、大事なんですよ(^_-)-☆

⑤に続く。

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